もしアルピーヌがなかったら、フランスの魅力は半減していたかもしれない。大げさに聞こえるかもしれないが、それはある意味で事実だ。
1894年にパリ~ルーアンの間で史上初の自動車レースが行われ、1900年にパリ〜リヨン間で初の国際レースが行われるなど、フランスはモータースポーツ発祥の地として知られている。そしてブガッティ、ドラージュ、ドライエといったキラ星のようなメーカーが覇を競うスポーツカーの国でもあった。
しかし第2次世界大戦でフランスは荒廃し、スポーツカーの灯は消えかかろうとしていた……。
その窮地を救ったのが、ノルマンディーの港町ディエップでルノーのディーラーを営んでいたジャン・レデレという男だった。
戦後、徐々にラリーが再開されると、レデレは発売されたばかりの大衆車、ルノー4CVを駆って挑戦を開始した。そこで4CVの潜在能力を確信したレデレは、それをベースにしたスポーツカーの製造を決意。こうして誕生したのがアルピーヌだ。
ちなみにその名は、レデレがアルプス横断ラリーを走っている時に「アルプスにちなんだ名前をつけたい」とひらめいたものだったという。
1956年にA106ミッレミリアを発表して以降、アルピーヌは常にルノーをベースに開発され、進化を続けてきた。その中でエポックメイキングなモデルとなったのが、1963年にデビューしたA110である。
ベースとなったルノー8の素性の良さ、“魔術師”と呼ばれた名チューナー、アメデ・ゴルディーニによるエンジン、そして軽量で流麗なボディーをもつA110は、モンテカルロ・ラリーをはじめとする世界中のラリーやロードレースで大活躍し、WRC(世界ラリー選手権)の初代チャンピオンにも輝いた。
その影響力はモータースポーツの世界にとどまらず、スクリーンの中でもジャンポール・ベルモンドらの愛車として登場。日本でもA110が『ルパン三世』の峰不二子、A310が『新世紀エヴァンゲリオン』の葛城ミサトの愛車として登場するなど、アルピーヌはフランスを代表するスポーツカーとなった。
さらにアルピーヌはプロトタイプ・レーシングカーを仕立てて19600年代からル・マン24時間レースにも参戦。ルノーの一部門となった1973年からはさらにその活動を活性化させ、1978年にはA442悲願の総合優勝を達成。名実ともにフランスの“プライド”となったのである。
その後1995年にA610ターボの生産が終了すると、アルピーヌの名はいったん表舞台から姿を消した。にもかかわらず、事あるごとに「アルピーヌ復活」の噂が流れたのは、それだけ人々の心に残り、期待を寄せられていた証拠といえるだろう。
2017年のジュネーブ・ショーでアルピーヌは高らかに復活を宣言した。それはまた、フランス発信のスポーツカー文化の復活を告げる狼煙でもあった。
アルピーヌが満を持して送り出した2シーター・ミッドシップ・スポーツカーは、再びA110を名乗ることとなった。
それは時代が変わってもポルシェ911やロールス・ロイス・ファントムの名が変わらないのに似て、アルピーヌの普遍的な価値を示している。
丸みを帯びた、どこか可愛らしくもある流麗なボディーこそイメージを踏襲しているものの、新しいA110の中身は半世紀前のA110とは別物となっている。
全長4205mm、全幅1800mm、全高1250mmのコンパクトな車体はアルミを多用したもので、その重量はわずか1120kg。ドライバーの背後に積まれたエンジンは252psを発生する1.8リットルの直列4気筒DOHCターボで、ギアボックスは2ペダルの7速DCTのみの設定となっている。
2020年からラインアップに加わったA110Sは、エンジンを292psにパワーアップ。それに伴いスプリングレートを50%高めてダンパーやスタビライザーなど足回りを強化。さらにワイドタイヤやカーボン製のルーフなどを装備し、よりスポーティーなチューニングを施したエボリューション・モデルだ。
そのA110Sにツートンのボディカラー、ブラックのGT RACEホイール、ブルーステッチ・インテリア、カーナビゲーションなどの専用装備で仕立て上げた“A110Sビトンリミテ”が、日本限定24台で発売されることとなった。
まさに“爽快”という言葉がしっくりくるスポーティーでファンなドライブフィールで、すっかり世界中のスポーツカー・ファナティックを虜にしてしまった感のあるA110。そのトップモデルのA110Sに設定された、スポーティーとエクスクルーシブを両立させたリミテッド・モデルは、その価値をさらに高めてくれる、未来のヘリテイジになることは間違いなさそうだ。
そうしたアルピーヌの存在価値を一層高めているのが、2021年からスタートしたアルピーヌF1チームの活動だ。ドライバーは、2005年にルノーF1でワールドチャンピオンに輝き、今シーズンから復帰を果たしたレジェンド、フェルディナンド・アロンソと、弱冠24歳のエステバン・オコンとのコンビ。
ニューマシンのA521はシーズン序盤から安定して入賞を続け、そのポテンシャルの高さを示していたが、第11戦ハンガリーGPでオコンが自身にとってもチームにとっても初となるドラマチックな優勝を達成。
レデレの灯したフランス・モータースポーツの灯が、今も煌々と輝いていることを示したのである。
またアルピーヌF1チームのオフィシャルパートナーであるフランスの高級時計ブランドのBell & Rossから、F1マシンにインスパイアされた3種類のクロノグラフ、アルピーヌF1チーム ・ウォッチコレクションが登場。
ツーカウンタークロノグラフを搭載し、ダイヤル部分にはチームカラーのアルピーヌブルーが差し色として用いられた。
今やアルピーヌは自動車という枠を超えた一種のムーブメントへと広がりをみせている。
●アルピーヌA110S
ボディー:全長4205×全幅1800×全高1250mm
エンジン:1.8リットル 直4DOHCターボ
最高出力:292PS/6420rpm
最大トルク:320Nm/2000rpm
駆動方式:MR
トランスミッション:7速AT
価格:8,640,000円
●アルピーヌ コール
TEL 0800-1238-110
※『Nile’s NILE』2021年10月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています