筆跡(ブラシストローク)をカットしてコラージュさせていく、“カット&ペースト”と呼ばれる独自のスタイル。キャンバスを飛び越え、立体的に表現された筆跡が、高く評価される鮮烈な色彩感覚とあいまって、他の誰にもまねできない先鋭的な個性を生み出す。彫刻とも絵画とも異なるその作品は、実物と対峙(たいじ) して初めて、迸(ほとばし)るようなエネルギーと研ぎ澄まされた感性に全身が麻痺(まひ)するような衝撃を覚える。
山口歴氏はニューヨーク・ブルックリン在住の日本人アーティストだ。出身は東京都渋谷区。両親ともにファッションデザイナーという家庭に生まれ、ファッションやアートを常に肌で感じながら育った。幼い頃から絵を描くのが好きで、絵画教室にも通っていたという。いわばサラブレッドの生まれだが、アーティストとしては挫折を知らないエリート、というわけではない。進学にあたり、東京藝術大学を目指すも4浪。苦悩の中、2007年に旅行で訪れたニューヨークでクリスティン・ベイカーの作品を知り、日本のアカデミックなアプローチとは180度異なる、自由なアートの世界に開眼する。そして右も左もわからぬまま渡米した。
ニューヨークで現代美術作家のアシスタント兼アーティストとして活動して5年目に、初めて参加したグループ展で全8作品が完売。アーティストとしての自信をつけた山口氏に、スポットライトが当たり始めたのはここからだ。2015年には香港そごうによる30周年記念アーティストに選出され、30メートル大のビルボードを飾る。2017年にはイッセイ ミヤケ メンとコラボレーションした特別展示「OUT OF BOUNDS(アウト・オブ・バウンズ)」を銀座で開催。渋谷のストリートカルチャーを追いかけて育った山口氏ならではの感性は若者からの支持も高く、ナイキ表参道店の壁画やユニクロとのグローバルコラボレーションでも話題となった。アートとしてだけでなく、国内外のファッションブランドからも、熱視線を集める気鋭アーティストの一人に成長した。
筆跡(ブラシストローク)自体は、ルネサンス以前から時代や国境を超えて継承されてきた伝統の手法だ。しかし、そのいいところをカット&ペーストして新たな作品を生み出すという山口氏の手法は、既存の音源から音や歌詞を抜粋して組み合わせ、新たな曲を作るヒップホップのサンプリング手法にも通じる斬新なものである。「メグル・ブルー」とも称される鮮烈な青を始め、筆跡と色彩を駆使してかたどられた壁面や、人体・風景などをモチーフにした作品は、一度見たら忘れられない吸引力を持つ。そして、これらの作品が自宅や社屋を飾ったらどれだけ日常を刺激的なものにするか、想像しただけで胸が躍るに違いない。
※『Nile’s NILE』2019年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています