不朽の価値 第3回 複雑機構の先にある真実

腕時計における不朽の価値とは?エディターにしてミュージシャンでもある異色ウォッチジャーナリストまつあみ靖が、ハイウォッチメイキングの世界をナビゲートする連載第3回。
コロナもやや落ち着きを見せ始めた昨今、スイスから来日した、注目すべき二人の辣腕時計師にスポットを当てる。

Text Yasushi Matsuami

腕時計における不朽の価値とは?エディターにしてミュージシャンでもある異色ウォッチジャーナリストまつあみ靖が、ハイウォッチメイキングの世界をナビゲートする連載第3回。
コロナもやや落ち着きを見せ始めた昨今、スイスから来日した、注目すべき二人の辣腕時計師にスポットを当てる。

AKRIVIA レジェップ・レジェピ クロノメトル・コンテンポランⅡ(RRCC Ⅱ)
AKRIVIA
2018年GPHGメンズウォッチ部門賞に輝いた「レジェップ・レジェピ クロノメトル・コンテンポランⅠ」の端正な意匠を引き継ぎつつ、調速脱進機構と時分秒針を作動させる機構の輪列とを完全に独立させたムーブメントに、ステップ運針するデッドビートセコンド機構を組み込んだ。仕上げの素晴らしさにも息をのむ。グランフーエナメル文字盤もクラシックにしてモダン。「レジェップ・レジェピ クロノメトル・コンテンポランⅡ(RRCCⅡ)」手巻き、直径38㎜、RGケース×カーフスキンストラップ、3気圧防水、世界限定50本、価格未定。※プラチナ仕様も世界限定50本、価格未定。
ザ・アワーグラス銀座店 TEL03-5537-7888

アワーグラスが注力するアクリヴィア

5月31日、パレスホテル東京で、アワーグラス 銀座店が取り扱いを開始するブランド、アクリヴィアの発表会が開催された。

アワーグラスは、シンガポールに本社を置くアジア最大級のハイエンドウォッチのディストリビューター/リテーラーで、アワーグラス ジャパンの店舗は銀座並木通りにある。パテック フィリップを始めとする厳選されたブランドと、特別なクオリティーを備えたモデルを取り扱い、コレクターからの評価も高い。

そのアワーグラスが注力するアクリヴィアとは?

弱冠25歳で創業したレジェップ・レジェピ氏

アクリヴィア創業者のレジェップ・レジェピ氏
レジェップ・レジェピ
1987年、コソボ生まれ。98年にジュネーブへ移住。15歳でショパールでの研修を経て、パテック フィリップの実習生となり、才能を認められ正社員に。20歳のときに独創的な複雑機構のサプライヤーとして名をはせたBNBコンセプトに移り、さらにF.P.ジュルヌでキャリアを磨き、2012年弱冠25歳で、ギリシャ語で「精度」を意味する自身のブランド、アクリヴィアを設立。

創業者のレジェップ・レジェピ氏は1987年生まれの35歳。セルビアからの独立運動に揺れたコソボの出身。武力衝突が激化した98年にジュネーブへ移住後、わずか15歳でパテック フィリップの実習生となり、F.P.ジュルヌなどでキャリアを重ね、2012年弱冠25歳で自身のブランド、アクリヴィアを設立。

ジュネーブ旧市街にアトリエを構え、トゥールビヨンを搭載したモノプッシャー・クロノグラフ、ジャンピングアワーとチャイム機構とを組み合わせたモデルなどを相次いで発表。シンメトリーにこだわったムーブメント設計や、クラシックな技法を用いた面取りや装飾仕上げも、審美眼の高いコレクターの間で評判となる。

ブレークスルーは18年。それまでの複雑機構とは一転、シンプルさを極めた「レジェップ・レジェピ クロノメトル・コンテンポランⅠ」が、権威あるジュネーブウォッチグランプリ(GPHG)のメンズウォッチ部門グランプリに輝いた。

辛抱強く、一層真摯に時計製作に向き合い続けた

この日の発表会で、レジェピ氏はフレンドリーな笑顔の一方、時にシリアスに自身のキャリアを語った。

「12年に独立し、自分だけの時計製作に邁進すれば認められると信じていましたが、容易ではなかった。そこには多くの『取引』が存在した。修理修復や他ブランドのメンテナンスにも手を染めながら、辛抱強く、一層真摯に時計製作に向き合いました。本当に長い道程でした」

決して順風満帆ではなかった経験が、現在の作風につながったのだ。「Ⅰ」の意匠を受け継ぎ、全面的に進化した「レジェップ・レジェピ クロノメトル・コンテンポランⅡ」にも目利きたちの視線が熱い。

シンプルで実直な腕時計づくりを目指して

4月末に「来日」し、13年以来の再会となった時計師、関口陽介氏にも触れたい。9年前、複雑機構のマイスター、クリストフ・クラーレの会社に在籍していた彼を東京で取材した。

ちょうどトゥールビヨン、デテント脱進機、トルクを一定に保つコンスタントフォースを組み込んだ超複雑モデル「マエストーゾ」の製作に取り組んでいた最中。

関口陽介氏
関口陽介(せきぐち・ようすけ) 
1980年、群馬県生まれ。高校時代、時計に目覚め、明治大学卒業後の2004年単身スイス及びフランスに渡るも、年齢や国籍の壁に阻まれ時計学校で学ぶことができず、スイス国境に近いフランス・モルトーの時計学校の教官宅に居候し独学、トゥールビヨンを自作できるまでに。苦労の末、就労許可問題などをクリアし、08年ムーブメントサプライヤーのラ・ジュー・ペレ入社。同社初のトゥールビヨンの完成にも尽力。11年から16年までクリストフ・クラーレ社に在籍後、修復に従事。20年初頭、自身の時計製作に乗り出し21年ファーストモデル「プリムヴェール」を完成させる。

すでに同社で、磁力を用いて時刻表示する奇想天外なトゥールビヨン「X-TREME」などにも携わっていたが、そのとき彼の手首には19世紀にル・ロックルで活躍した、デンマークにルーツを持つ時計師ユール・ヤーゲンセンのアンティークムーブメントを修復した腕時計があった。

彼が目指したのは、そんなヤーゲンセン・スタイルをベースに、現代の技術でブラッシュアップし、丁寧な装飾を加えた、シンプルで実直な腕時計だった。関口氏は言う。

「複雑機構の現場に立ち会い、見なくていいものを見てしまいました」

見なくていいもの―レジェピ氏が語った「取引」と同じ意味合いだろう。

「ジュネーブやジュウ渓谷の老舗ブランドの時計は洗練されていて美しいのですが、僕からすると誇り高く貴族的で、現実離れしているように感じます。19世紀のヤーゲンセンのムーブメントは、仕上げが素晴らしいのはもちろん、堅牢で無骨で丈夫。飾り気のない信念や、安心感がある」

理想を具現化したモデル

関口氏を後押ししたのは、奈良でこだわった時計のみを取り扱う小柳時計店代表の小柳和彦氏だった。関口氏の時計製作に心酔していた小柳氏は、40代を迎え心身ともに充実している今こそ、理想を具現化する時だと関口氏の決心を促した。

こうして21年に誕生したファーストモデルが「プリムヴェール」である。今春ジュネーブで行われた新作エキシビション会場に関口氏と小柳氏は足を運び、そこでこの時計を目にしたコレクターから、かなりの反応があったという。

YOSUKE SEKIGUCHI プリムヴェール
YOSUKE SEKIGUCHI
19世紀のヤーゲンセン・スタイルに範を取ったムーブメントは、大型のテンプを備え、手作業で削り出された肉厚な地板やブリッジには丁寧な面取りや仕上げが施され、ある角度から見たとき各パーツが一斉に輝くように計算されている。グランフーエナメルの文字盤、立体感に富んだ時・分・秒針、コンケイブドベゼルを備えたケースも控えめで上品。「プリムヴェール Ref.39RG-WHBL」手巻き、直径39.5㎜、RGケース×アリゲーターストラップ、3気圧防水、世界限定5本、8,580,000円。※SSケース仕様も世界限定5本、7,799,000円。小柳時計店とラ・ショー・ド・フォンの時計店JUVALのみでの取り扱い。
小柳時計店 TEL0744-22-3853

関口氏とレジェピ氏は、片や日本、片やコソボに生まれながら、ともに時計製造の中心地、スイスの地を踏み、辛酸をなめながら技術を磨き、複雑機構を極め、そこで思うに任せない現実や、嘆かわしい実態に遭遇し、シンプルさの中に時計製作の神髄を見いだすに至る。

複雑機構の先にある真実にたどり着いた二人の時計師が、今後の時計界で特別な存在感を放つであろうことを予言しておきたい。

まつあみ靖(まつあみ・やすし)
1963年、島根県生まれ。87年、集英社入社。週刊プレイボーイ、PLAYBOY日本版編集部を経て、92年よりフリーに。時計、ファッション、音楽、インタビューなどの記事に携わる一方、音楽活動も展開中。著書に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』『再会のハワイ』(ともに小学館)ほか。

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What is luxury?

What is luxury?

Questioning this has now become synonymous with confronting the times. We are now witnessing a transformation of values on a global scale.
Sustainable, SDGs, ESG...... these terms are becoming a natural part of our daily lives. Many brands and companies have already begun to take this stance, as individuals and society as a whole are expected to become more aware of the importance of sustainability. In "NILE PORT," we would like to rethink and re-present luxury in the current era, sharing our values with brands and readers who have a progressive awareness.