壮絶な超薄型競争

腕時計における不朽の価値とは? ミュージシャン兼ウォッチジャーナリストのまつあみ靖が、ハイウォッチメイキングの世界をナビゲートする連載第5回。“記録とは破られるためにある”と言うが、腕時計の薄型競争は近年熾烈を極め、次々と記録が更新され異次元のレベルに達したと言っても過言ではない。そんな中、彗星のごとく登場したリシャール・ミルの新作は、この戦いに終止符を打つのか?

Text Yasushi Matsuami

腕時計における不朽の価値とは? ミュージシャン兼ウォッチジャーナリストのまつあみ靖が、ハイウォッチメイキングの世界をナビゲートする連載第5回。“記録とは破られるためにある”と言うが、腕時計の薄型競争は近年熾烈を極め、次々と記録が更新され異次元のレベルに達したと言っても過言ではない。そんな中、彗星のごとく登場したリシャール・ミルの新作は、この戦いに終止符を打つのか?

リシャール・ミル「RM UP-01 フェラーリ」
リシャール・ミルとフェラーリという、それぞれのジャンルのトップブランドがコラボした第1弾モデル。両者の技術とプライドを融合させ、厚さ1.75㎜という究極の薄さが実現された。リシャール・ミル「RM UP-01 フェラーリ」手巻き、チタンケース×ラバーストラップ、サイズ51×39㎜、1気圧防水、世界限定150本、247,500,000円(予価)、発売時期未定。

「5.75、5.9、6.3、6.7、7.05、7.2、7.8―。これらの数字が何を意味するかお分かりだろうか?」

『Nile’s NILE』2011年3月号に寄稿したジュネーブSIHHの新作レポートの冒頭で、筆者はこう書いていた。この年、薄型タイムピースを各ブランドが競うように発表し、ケースが薄い順に並べたのが、この数字である。ちなみに最も薄い5.75mmはラルフローレンの「スリム クラシック スクエア モデル」だった。

今をさかのぼること11年、時計業界はリーマンショックからの立ち直りの時期にあり、それまでの“デカ厚”に代わるトレンドが模索される中、超薄型が浮上してきた。当時の数字を振り返ると確かに薄いが、後年熾烈を極める薄型競争時代の値と比べると牧歌的とさえ思えてくる。

なにしろ、この7月にリシャール・ミルが世界最薄記録を更新した「RM UP-01 フェラーリ」のケース厚は、わずか1.75mm‼

このモデルに触れる前に、薄型モデルの歴史を概観しておきたい。長年、薄型をリードしてきたのはピアジェだった。1957年、時計史にその名を刻む厚さ2mmの超薄型手巻きキャリバー9Pを開発。3年後の60年には厚さ2.3mmの自動巻きキャリバー12Pも開発し、技術的アドバンテージを長らく維持することになる。

薄型ブームが到来した2011年以降、王者ピアジェをまず脅かしたのはジャガー・ルクルトだった。13年に、キャリバー厚1.85mm、ケース厚4.05mmの創業180周年記念モデル「マスター・ウルトラスリム・ジュビリー」を発表し、世界最薄記録を更新。

しかしピアジェは翌14年に、ケースバックとキャリバーとを一体化する革新的な構造のキャリバー900Pを搭載した「アルティプラノ」によってケース厚3.65mmで応戦。するとジャガー・ルクルトは同年、ケース厚3.6mmの「マスター・ウルトラスリム・スケルトン」で逆襲。

これに業を煮やしたか、ピアジェは大幅に厚さを抑え、2mmを実現したコンセプトモデルを18年に発表。これを20年に「アルティプラノ アルティメート コンセプト」として製品化し、同年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリの最高賞“金の針賞”に輝いた。

こうした薄型競争に参入したのがブルガリだった。14年に発表した世界最薄トゥールビヨン搭載モデル「オクト フィニッシモ トゥールビヨン マニュアル」を皮切りに、ミニッツリピーター、クロノグラフ、パーペチュアルカレンダーなどの世界最薄記録を次々と樹立していく。

そして今春、満を持して八つ目の世界最薄記録となる手巻きの「オクト フィニッシモ ウルトラ」を発表。ケースバックとキャリバーとを融合したメカニズムや、特殊なレイアウトによって実現された薄さは2mmを切って1.80mm。これぞ究極の薄さ‼ と多くの時計関係者が思った。しかしその王座をたった4カ月で明け渡すことになるとは。

リシャール・ミルが「RM UP-01 フェラーリ」を発表したのが今年7月。そのケースは前王者より0.05mm薄い1.75mm。ほとんど100円硬貨に等しい。

自動車のインパネを着想源とする他に例のないレイアウト。薄さを追求するべく機構を横方向に分散させ、センター上部にディスク式の時分表示、その右にテンプをのぞかせ、左にはファンクションセレクター、その下に巻き上げと時刻修正用のホイールが並ぶ。

これまでの最薄タイトルホルダーは、ケースバックの一部が地板を兼ねる構造を採用したが、この新王者はケース内部にムーブメントを収める従来の方式にこだわった点も特筆したい。このキャリバーRM UP-01は1.18mmと、これも機械式としては世界最薄。

パワーリザーブは45時間。5000Gの加速度にも耐え得るほか、この薄さのケースで1気圧の防水性を備え、12kgの荷重テストもクリアし剛性も十分だ。

  • リシャール・ミル「RM UP-01 フェラーリ」ケースバック リシャール・ミル「RM UP-01 フェラーリ」ケースバック
    ケースバックを見ると、ファンクションセレクターと、巻き上げ&時刻調整ホイールが、裏まで貫通しているのが分かる。搭載するキャリバーRMUP-01は、オーデマ ピゲ ル・ロックルとの共同開発で誕生したものだ。
  • リシャール・ミル「RM UP-01 フェラーリ」 リシャール・ミル「RM UP-01 フェラーリ」
    ケースは厚さ1.75㎜。皮膚を思わせるほどの薄さ。ストラップを含む総重量も28.5gと超軽量。時計本体だけなら11.2gと、ストラップよりも軽い。横長のトノウシェープや、時計本体外周のスプラインネジなどにもブランドアイデンティティーが見て取れる。
  • リシャール・ミル「RM UP-01 フェラーリ」ケースバック
  • リシャール・ミル「RM UP-01 フェラーリ」

右下の跳ね馬のロゴは、フェラーリとのコラボレーション第1弾であることを誇らしく示している。このコラボも、ウォッチシーンの一つの伝統というべきものだ。1993年から2004年までジラール・ぺルゴがこの大役を担い、パネライ、ウブロへと移り、今度はリシャール・ミル。超薄型とフェラーリコラボという時計業界を貫く二つの流れが交わったところに、この「RM UP-01 フェラーリ」が誕生したことも興味を引く。

生産本数は150本と思いのほか多い。望めば入手できるかも、と夢を抱かせてくれるが、予価は2億4750万円。フェラーリの現行新車価格をはるかに上回ることにもご留意を。

まつあみ靖(まつあみ・やすし)
1963年、島根県生まれ。87年、集英社入社。週刊プレイボーイ、PLAYBOY日本版編集部を経て、92年よりフリーに。時計、ファッション、音楽、インタビューなどの記事に携わる一方、音楽活動も展開中。著書に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』『再会のハワイ』(ともに小学館)ほか。

What is luxury?

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Sustainable, SDGs, ESG...... these terms are becoming a natural part of our daily lives. Many brands and companies have already begun to take this stance, as individuals and society as a whole are expected to become more aware of the importance of sustainability. In "NILE PORT," we would like to rethink and re-present luxury in the current era, sharing our values with brands and readers who have a progressive awareness.