東京ガスがグループの経営ビジョンとして「Compass 2030」を打ち出したのは、菅義偉総理(当時)が「2050年カーボンニュートラル宣言」を行った前年、2019年のことだ。
「地球レベルの気候変動に伴う脱炭素化の流れが加速度的に進んでいることを、弊社では以前から認識し、しっかり対応するべき社会課題だと捉えていました。歴史を振り返れば1969年、日本で初めて天然ガスを導入したのも、従来の石炭由来のガスに比べてクリーンなエネルギーだったから。それは、大気汚染などの公害が深刻化しつつあった時代に、先手を打つように社会課題にきちんと対応した結果だと自負しています。今回の『Compass 2030』も同じです」と石川直明氏。
「事業を通じて社会課題の解決に貢献し、かつ事業の持続的成長を実現する」ためにはどうすればいいかを考え、関連する取り組みを世の中に発信する役回りを任じる。そんな石川氏に「Compass 2030」の全体像をご説明いただいた。
「まず私たちを取り巻く環境変化を大きく四つ―脱炭素化の潮流、デジタル化の進展、価値観の変化・多様化、エネルギー自由化の進展に設定、それぞれにどう対応していくかを示す道標として『Compass 2030』を策定しました。さらにそこに至るプロセスとして、三つ挑戦を掲げています。中でも重点的に取り組むべき課題と考えるのが『CO2ネット・ゼロをリードする』ことです。“環境にやさしい天然ガス”というだけでは脱炭素化に対応できません。そういう意味ではかなり厳しい時代になりました。だからこそ総力を挙げて取り組む必要があると考えています。と言っても一朝一夕には達成できないので、2030年ごろまでは責任あるトランジションを進める期間と位置づけ、ガス体と省エネを両輪で活用、可能な限りCO2の排出量を削減するための取り組みを進めています」
具体的には「都市再開発地域や工業団地でのエネルギー利用をスマートエネルギーネットワークの技術を用いて高度化する」「家庭用燃料電池エネファームなどの効率の良いガス機器を家庭に導入する」といった「天然ガスの高度利用」が進められており、排出量CO2の大幅削減が期待できる。
また2019年には、カーボンニュートラルLNGを導入。普及・拡大に注力している。これは天然ガスの採掘から燃焼に至る工程で発生する温室効果ガスを、新興国などにおける環境保全により創出されたCO2クレジットで相殺するもので、燃焼させても地球規模ではCO2などが発生していないと見なされる。
ほかにも排出したCO2を分離・回収して地中深くに埋めたり、再利用したりすることで大気への放散を実質的に減らすなど、さまざまな挑戦が展開中だ。
二つ目の挑戦課題は「価値共創のエコシステム構築」。どういうことだろう? 説明は石川氏の言に譲ろう。
「当社は従来、自前のリソースでさまざまな事業を完結させるスタイルでしたが、もうそんな時代ではありません。我々が『共創パートナー』と呼ぶさまざまな企業各位と手を携え、知恵をいただきながら新しい価値をお客さまに提供できるように努めています。例えば再生可能エネルギー電源の拡充を目指し、2020年に米アクティナ太陽光発電事業や、富山県高岡市と千葉県市原市のバイオマス発電事業を取得したほか、昨年は浮体式洋上風力発電向けの技術を開発・保有する米プリンシプル・パワー社に出資しました。日本は遠浅の海域が少なく、浮体式がマッチするようです。今後は同社の技術を活用して国内外で開発を推進していく予定です」
そして三つ目の挑戦課題が「LNGバリューチェーンの変革」。これまで通りエンドユーザーに「安全な都市ガスを適正価格で安定的に供給する」だけではなく、その間にあるプロセスの一つひとつで、多様な価値を創出・提供するような事業形態に変革することを意味する。それにより事業活動の幅が広がり、経営の弾力性が増すことは言うまでもない。
「昨年は経営ビジョン実現への道筋が、進捗状況を含めて『Compass Action』として公表されました。新時代の胎動を感じています」と言う石川氏は、最後に「もともと弊社には、社
会にとっていいことをしようという共通認識があるんです」とニコリ。
ふと創業者・渋沢栄一の著書『論語と算盤』にある言葉を思い出した。「正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ」—まさに今の“SDGs精神”そのもの!
改めて創業以来の「義」を重んじる精神を見る思いがした。
●東京ガス www.tokyo-gas.co.jp